―[負け犬遠吠え]―


ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。
それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。

マニラのカジノで破滅」したnoteで有名になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載も21回。

 今回は、くそみたいに距離のある他人から、「死んだほうがマシ」とか言われてしまう犬さんが、「死なないわ」と思ってからのお話です。


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◆「もう死んだほうがいい」とか言ってくる人がいる

 度を超えた貧困は人から様々な物を捨てさせる。物から始まり、贅沢であったり、人間関係であったり、その全てが自業自得なのだから仕方ないが、どれだけ世間に「もう死んだ方がいいだろう」と言われ続けても、別にそんな勇気もないし、そもそも死にたくはないから生き続けている。穴に堕ちた人間がもちろん悪いのだが、通行人が「死ね」と言って唾を吐きかけたそのゴミの人生は、その人が忘れた後も見えないところで続いていく。

 借金をし始めてまず変わるのが金銭感覚だ。これまで自分のポケットの中にしかないと思っていた財布の輪郭がぼやけていく。借りて使い、返す。また借りる。少し遅れる。別のところから借りる。タチの悪い債務者が「金を集める」という表現を使うのはこのためだ。借金の経験がある人間にとって10万円をすぐに作ることは造作でもない。ように感じる。貯金なんて必要ない。

◆「金を集める」のは経営者と債務者だけ

 そもそも、「金を集める」と言うのは経営者か債務者しかいない。会話をする時に耳を澄まして見てほしい。絶対に事業なんてやっていなさそうなぼんやりした人間が「金を集める」と言っていれば、それは十中八九債務者だ。逆に常習債務者であることを隠したい人は自分の言動を思い返してみるといい。思わず口をついているはずだ。「金を集める」と。

 精錬で正しい社会では、金は何かしらの対価でしかなく、忘れることなく自分の元に積み重ねていくものだ。この記事によって魔女狩りが始まってしまったら申し訳ない。確信を突きすぎたかもしれない。だが書かせてもらう。僕はアミバでいい。

 財布の輪郭が曖昧になり始めたら終わりが始まる。転落は早い。借金は慣れてしまうものだ。まともな金銭感覚はすでに死んでいる。金銭感覚の生前にどれだけ借金を悪しきものとして憎んでいたとしても、一度借金をしてしまえば「なんだ、そんなに悪いヤツじゃないじゃん」と親しみを持ってしまい、次はもう少し悪いヤツに会いに行くのだ。

 田舎者が最初どれだけ東京にビビり倒していても、繁華街の闇に少しでも触れたら往々にしてそのまま最深部まで堕ちていくのに似ている。これは「段階」ではなく「階段」だ。一番重かった扉はすでに開き切ってしまった。

「本当にヤバイ時には気づくから」

と反論もしたくなるだろうが、一番重いのは、借金のクライマックスは第一話「開け、借金の扉!」だ。ここさえクリアしてしまえばあとは下るだけ。

 貧困人生の折り返し地点あたりから、おそらく人はほとんどのものを失っている。一般社会には認識されず、たまに頭を出したと思えばあまりの生き汚なさに思い切り槌で叩かれてしまうだろう。その姿は叩きやすく、まるで目印のついた社会悪そのものの姿をしているから、普通の人でも叩くのに抵抗はない。

 正しい世界のために、そんな汚い物は地中に戻してやればいい。正しい人間は最初から間違わないし、更生しようという人間を許す必要もない。そもそも好き勝手に生きてきたツケが回ってきただけの人間にチャンスなど与えてやるものか。チャンスは正しい努力と結果の上にぶら下がっているのであって、一度道を間違えたゴミのための蜘蛛の糸なんかじゃない。

◆だらしない生活をした因果が攻めてくる

 だが、何を隠そう、いや全く隠れていないのだが、ゴミ本人が僕である。僕の人生は今もなお続いているし、こんな人生を送っている人間は悲しいことに大量にいる。今も書いていて何が悲しくて、と思っていた。僕は「こっち側」の人間である。だらしない生活をした結果自分に返ってきた汚泥を身体中につけたまま、社会に頭を出して図々しくもこの汚い腕でチャンスを掴もうとしている。

 金がなければ死にたくなるのはもう当然と言っていいだろう。富を軸にしていなくとも、周囲と自分からの重圧に押し潰されてしまいそうになる。たった一度の大きな過ちも、何かに見つかってしまうまで逃げ続けた罪も、貧困の上では全部同じく心にのしかかる。

 僕も何度も所持金0の場面を繰り返し、死にたい気持ちになっていた。だが死んでは終わりなのだ。命は命以外と等価交換できない。まして見栄や自責の念なんてものはあまりにも安すぎて、どれだけ乗せても天秤は命の側を持ち上げはしないだろう。

 とはいえその「価値あるもの」をどう扱うかは自由なので、僕についてのみ書こうと思う。僕自身、金の価値を軽んじすぎている部分があるのでそれは認めざるを得ない。

 1ヶ月で400万の借金を作ってから数ヶ月後、毎月の収入が突然13万円減ってしまった年末年始に一番死にたくなったが、死ななかった。もったいないと思ったからだ。金がなくても到達できる未来はあるし、まだ知らないものも食べてないものも行ったことのない場所もたくさんあったからだ。知への欲求が生に直結すると感じた瞬間だ。

 人の善悪は他人が決めるかもしれないが、人の幸不幸は他人には決められない。

「そんな惨めな人生ならいっそ死んだ方がいい」

と何度言われてきただろう。その言葉から逃げて逃げて逃げて現実逃避のその先に、僕は自分の幸福を自分で決めることにした。図々しいメンタルを持った多重債務者の誕生である。どれだけ見た目が惨めでも、僕は晴れた日には嬉しくなるし、いつもと違う帰り道が楽しいし、雨が降る直前に干した洗濯物を取り込めればガッツポーズをする。この全部がタダだ。

 もちろん借りた金は返さなければならない。でもそれは返済が完了するまで一度も笑うなということではない。どれだけ予定を詰めて働いていたとしても休みの瞬間は訪れる。そんな時に金をかけずに喜んでもいいだろう。

 僕が借金と向き合った時に重かったのは四六時中追いかけられる義務感と閉塞感だった。「もっと頑張れるだろ」がキツかった。

 一度過ちを犯した人間たちは誰からも信用されないが、精一杯やろうとしている人はいるし、限界まで頑張る瞬間はある。社会の中でいつでも申し訳なさそうな顔をしているのが似合うからそうしているのはわかるが、仕事場に行くまでの間くらい好きに笑ってもいい。

 誰に伝わるかもわからないが、書いてしまいたかった。僕はそんな「義理を通したい」人たちより少しだらしなくて、もう埃が出ないくらい叩かれて、それでも死ぬことはないと決めた。これが正しい道かはわからないが、たまに後ろでボロカスに言われている僕を反面教師にしながら共に頑張ろうではないか。

 PCを閉じる。twitterに、昨日届いた督促状の写真に大袈裟なリアクションを取ったツイートをする。

 結構伸びてるな。ははは、また死ねって言われちゃった。

 顔を洗うために洗面台に向かう。生活リズムが完全に崩れて徹夜になってしまった。太陽は出てるけど、今日は仕事が無いので夕方まで寝てしまおう。

 鏡を見ると、死ねと言われて督促状を握り締めたまま笑っているバケモノがいた。

 そう。僕が見つけた幸せは……。

〈文・犬〉

【犬】
フィリピンカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitternoteカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。
Twitter@slave_of_girls
noteギャンブル依存症

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