(舛添 要一:国際政治学者)

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 東京高検の黒川弘務検事長が、産経新聞記者や朝日新聞社員と外出自粛期間中に賭け麻雀をしていたという週刊文春の報道を受けて、5月21日に辞任した。報道内容を認めたということで、森雅子法務大臣は黒川氏を訓告処分にし、黒川氏は辞表を提出した。この事件の背後には、政権内部の主導権争い、検察や法務省内部の権力闘争、マスコミと権力の癒着など様々な問題があるだろう。

 SNS上では、芸能人など著名人が反対の声を上げ、「#検察庁法改正案に抗議します」に賛同する人の数が900万人を超えたと言われている。この現象に対しては、自粛ムードでSNSの活用が拡大したからとか、自粛ストレスの解消のための八つ当たりだとかいう意見もあるが、あながちそれだけではあるまい。

SNSでの反発を甘く見た政府

 この問題は、森友・加計問題桜を見る会などの問題が曖昧に処理されてきたことの延長線上にあると、多くの人が位置づけたようである。しかし、少なくとも表面上は、SNSなどは懸念するに及ばないという姿勢を政府与党は維持してきた。

 問題なのは、このようにSNSで反対論が拡大すると、スキャンダルをリークしようとする者が増えることである。黒川氏が「接待麻雀の常習犯」だったとか、産経新聞社のハイヤーを使ったとかいう話は、情報通報者がいないかぎり分からない話である。記事によれば情報は「産経新聞関係者」からもたらされたという。義憤にかられたのか、金銭的対価を得るためか、いずれにしても身内が絡んだ情報を週刊誌側に“売る”者も、SNSの合唱が背景にあれば、罪悪感を持たなくなる。

 そして、黒川氏がSNSで脚光を浴びれば浴びるほど、彼に関する情報の価値が高まる。情報を売るほうは、より“高く”売ることができる。首相官邸は、このようなSNSの政治的効果を過小評価していたとしか言いようがない。

 世論調査でも検察庁法改正案に反対の意見が多数で、安倍内閣支持率は、朝日新聞調査(5月16、17日)では、前回より8%下がって33%に、不支持率は6%上がって47%になった。NHK世論調査(15〜17日)でも、支持率が37%(-2)、不支持率が45%(+7)と、支持率と不支持率が逆転した。これは、一昨年6月以来のことである。

 新型コロナウイルス対策も不評なところに加えて、検察庁法改正案問題でダブルパンチを受けるのは、流石に政権にとって大打撃になると考えたのであろう。18日には、政府自民党は、検察庁法改正案を今国会では見送ることを決めている。

黒川氏の任期延長は安倍政権による「贔屓の引き倒し」

 私が厚労大臣だったとき、黒川氏は法務大臣官房の審議官などの役職についていた。その頃のことを回顧すると、厚労省は薬害訴訟などで国家賠償案件をかかえており、法務省と協議することがよくあった。黒川氏は、仕事もできるし、様々な問題に柔軟に対応できる優秀な官僚であった。

 それだけに、安倍政権に担がれ、脚光を浴びれば、それに反感を持つ者の反発や妬みも激しくなる。その油に火を注いだのが任期延長である。まさに「贔屓の引き倒し」であり、ある意味で、黒川氏は安倍首相によってトドメを刺されたと言ってもよいのである。

 今年1月に安倍政権が黒川氏の任期を半年延長した。それは、今の稲田検事総長が勇退を拒んだので、黒川氏を後任の検事総長に据えるためには、任期を延長するしかなかったからである。これで、歯車が狂い始める。

 そもそも、一般法である国家公務員法には公務員の任期延長規定はあるが、特別法の検察庁法には同種の規定はない。後者が前者に優先するので、黒川氏の任期延長は検察庁法に違反する。国会でも、1981年4月28日国家公務員法改正の審議で、政府は「検察官に国家公務員法の定年延長は適用されない」と答弁している。

 ところが、黒川氏の任期延長を正当化するために、2月13日衆議院本会議において、安倍首相は、法律の解釈を変更したとして、検察官にも国家公務員法が適用されるとしてしまったのである。これは、恣意的な解釈であり、法律の専門家なら看過しえない類いの牽強付会である。

 解釈の変更では許されない法律違反なので法改正をするのだというのだろうが、それは法の不遡及の原則に反する。

 安倍首相は、黒川氏の任期延長提案は法務省から官邸に上がってきたと言うが、法務官僚は優秀であり、検察庁法違反の提案をするはずはない。俄には信じがたいことである。もし、法務省が劣化しているのなら、それはそれで問題である。

 法律の解釈は内閣法制局の仕事である。ところが、安倍首相は、その内閣法制局の長官を自分と同じ考えかたの者に替えるような人事(2013年に小松一郎駐仏大使を内閣法制局長官に任命した)も行っている。

 5月15日には、松尾邦弘元検事総長ら検察のOBたち14人が、法務大臣に対して、改正案に反対する意見書を提出した。さらに18日には、東京地検特捜部の熊崎勝彦元部長ら特捜部OBの38人もまた、同様な意見書を法務省に提出している。

 これらの意見書は極めて異例のことであり、検察の危機感を表したものである。政治的に中立とはいえ、検察は、いわば古き良き保守本流である。SNSなど世論の影響もあるが、この検察というエスタブリッシュメントの反発が、首相官邸に翻意を促したのであろう。

長期政権の歪み晒した検察庁法改正案問題

 コロナ対策同様に、今回の検察庁法改正案問題は、安倍長期政権の抱える問題点を一気に白日に下に晒した。どのような制度を作ろうと、それは運営する人間次第で、国民にとってはプラスにもなればマイナスにもなる。

 私は、福田内閣の閣僚として内閣人事庁構想に賛成した。霞ヶ関では官庁の縄張り争いが激しく、「省あって国なし」というような状態であった。そのような状態を改善するためには、省庁の枠を超えて国家全体のことを考えることのできる幹部官僚を育てる必要があった。そこで、内閣が人事権を一元的に握る制度を導入することにしたのである。

 この構想は、自民党が政権に復帰した後、2014年5月30日に、内閣人事局と名前を変えて、安倍内閣の下で実現した。しかし、実際に運用されるようになると、首相官邸の恣意的人事の道具となってしまい、高級官僚たちは、官邸の意向を忖度する行政を行うようになったのである。毅然として所属官庁のレガシーを守ろうとした官僚が左遷されてしまうのを見れば、そのような行動に出るのは当然である。その延長線上にあるのが、今回の検察庁法改正なのである。

 もう一つ注目すべきは、権力とマスコミとの関係である。両者の間に緊張関係があってはじめて、民主主義が機能する。黒川氏の麻雀の相手は産経新聞の記者2名と朝日新聞の元記者1名である。取材者と取材対象との関係は難しい。

 私は、厚労大臣や参議院自民党政審会長など、政府や党の役職を経験したが、「舛添番」と呼ばれる番記者がマスコミ各社から取材に張り付いていた。彼らは、少しでも他社よりも早くスクープを入手しようとする。国会や役所や党本部のみならず、朝は6時頃から、夜は深夜まで私の自宅前で待っている。

 特定の記者と仲良くなると、全マスコミに対して公平な情報提供ができなくなる。それを私は巌に慎んだが、その代わりに記者懇談会をよく行った。オフレコの約束で、ある政策の背景などを解説する。少しでも正確な記事を書いてもらうためである。

権力者と癒着して情報を取る取材方法のままでよいのか

 ところが、オフレコのルールを破って、内容を週刊誌などに売る不届き者の記者がいたために、記者懇談会は途中で止めた。一部の記者が週刊誌アルバイトをしていたのだが、「給料の安い新聞社の記者は気をつけたほうがよい」というアドバイスも貰ったことがある。

 賭け麻雀報道について、朝日新聞は「不要不急の外出を控えるよう呼び掛けられている状況下でもあり、極めて不適切な行為でおわびします」と謝罪した。産経新聞東京編集局長は、当社は「記事化された内容以外は取材源秘匿の原則に基づき、一切公表しておりません」とのみコメントしたが、要するに、麻雀は取材が目的だったということなのであろう。その後、紙面で謝罪するに至っている。

 何か一昔前の政治家と番記者の組み合わせを見ているような錯覚に陥る。いつまで旧態依然とした取材方法に固執しているのか。また、趣味の麻雀とはいえ、黒川氏のほうも記者をメンツに入れるべきではなかった。マスコミの取材方法もまた変わらねばならないだろう。

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